怠惰という訳でもない。教えることよりも、少女たちに接して、これに「心優しき軽蔑」を感じることに興味をもち、そうして秘かにスピノザに倣って、女学生の性行についての犬儒的《シニック》な定理とその系とを集めた幾何学書を作ろうか、などと考えている。(例えば、定理十八。女学生は公平を最も忌み嫌うものなり。証明。彼女らは常に己《おのれ》に有利なる不公平のみを愛すればなり。の如き。)結局、学校へ出る二日は自分の生活の中で余り重要なものでないと、この男は思い込みたがっているのだが、この頃では、それがなかなかそうではなく、時として、学校が、というよりも、少女たちが、自分の生活の中にかなり大きい場所を占めているらしいことに気付いて愕然とすることがある。
学校を卒業して二年目、父の死によって全く係累のなくなった三造が、その時残された若干の資産を基《もと》に爾後《じご》の生活の設計を立てた。その設計に従ってその時自分がヌクヌクともぐり込もうとした坑《あな》の、何と、うじうじと、ふやけた、浅間しくもだらしないものだったか。今の三造には腹が立って腹が立って堪らないのである。
その時、彼は自分に可能な道として
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