を点《つ》け、まず表に向った窓を明放って空気を換える。それから、隅に吊るした鸚鵡《おうむ》の籠をのぞいて餌の有無を見てから、衣服も換えずに、ベッドの上に仰向けに、両手の掌を頭の下に組合せて、ひっくりかえる。
 そう疲れるはずはないのに、ひどく疲れたような感じである。今日一日、何をしたか? 何もしはしない。朝遅く起き、朝昼兼帯の食事を階下の食堂で済ませてから、読みたくもない本を無理に辞書と首っぴきで十頁ほど読み、それに倦むと、親戚の子供の死んだのにくやみ[#「くやみ」に傍点]の手紙を出さなければならないことを思い出して、書こうとしたが、どうしても書けない。結局手紙はよして、表に飛出し、街へ行って映画館に入り、そうして帰って来ただけのことだ。何という下らない一日! 明日《あした》は? 明日は金曜と。勤めのある日だ。そう思うと、かえって何か助かったような気になるのが、自分でも忌々《いまいま》しかった。
 時勢に適応するには余りにのろま[#「のろま」に傍点]な・人と交際するには余りに臆病な・一介の貧書生。職業からいえば、一週二日出勤の・女学校の博物の講師。授業に余り熱心でもなく、さりとて、特に
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