二つの生き方を考えた。一つはいわゆる、出世――名声地位を得ることを一生の目的として奮闘する生き方である。もとより、実業家とか政治家とか、そういうものは、三造自身の性質からも、また彼の修めた学問の種類からいっても、問題にならない。結局は、学問の世界における名誉の獲得ということなのだが、それにしても、将来の或る目的(それに到達しない中に自分は死んでしまうかも知れない)のために、現在の一日一日の生活を犠牲にする生き方である点に、変りはない。もう一つの方は、名声の獲得とか仕事の成就とかいう事をまるで[#「まるで」に傍点]考えないで、一日一日の生活を、その時その時に充ち足りたものにして行こうという遣り方、但し、その黴《かび》の生えそうなほど陳腐な欧羅巴出来の享受主義に、若干の東洋文人風な拗《す》ねた侘《わ》びしさを加味した・極めて(今から考えれば)うじうじといじけた活《い》き方である。
さて、三造は第二の生活を選んだ。今にして思えば、これを選ばせたものは、畢竟彼の身体の弱さであったろう。喘息と胃弱と蓄膿とに絶えず苦しまされている彼の身体が、自らの生命の短いであろうことを知って、第一の生き方の苦
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