これにもいささか辟易《へきえき》せざるを得なかったのである。彼のその返事に折り返して来た伯父の葉書には、災難はいつ降ってくるか分らず、人は常にそれに対して、何時《いつ》遭遇しても動ぜぬだけの心構えを養って置くことが必要である、といった意味のことが認《したた》められていた。そしてそれきりで彼は一月あまり伯父のことを忘れていた。ところが三月の中頃近くなって、またひょっこり、乱暴に美しく[#「乱暴に美しく」に傍点]書きなぐった伯父の葉書が舞いこんできた。近い中《うち》にお前の所へ行きたいが、都合は良いか、というのである。大学の入学試験が四、五日中にすむので、その後の方が都合がよいのですが、と彼は返事を書いた。ところが、それから三日ほどして、入学試験の中《なか》の日に、その日の試験をすまして、下宿で机に向っていると、襖《ふすま》をあける女中の声と共に、後から、古風な大きいバスケットを提げた伯父がはいって来た。これから山へ行くのだと伯父はいきなりいった。彼には一向話が分らなかった。恐らく、伯父はすでに事の次第を前もって彼に向けて手紙で知らせてあるという風に勘違いしていたに違いない。よく聞くと相州
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