影像がはげしく廻転した。やられた! と思って、動かすと目の中が切れるかもしれないとは考えながら、でも、ちょっと試す気で細目に瞼《まぶた》をあけようとすると、血がべったりと塞《ふさ》いでいて、少し動くとぽたり[#「ぽたり」に傍点]と地面に垂れた。それから二人の友人にかかえられてすぐに大学病院へ行った。硝子で眼のまわりが切れただけで、幸いに眼の中には破片ははいっていなかったので、傷痕を縫ってもらったあと二週間も通えばよかった。しかし、そんな際だったので、ちょうどそれを良い口実にして、「怪我をしていて残念ながら行けない」旨を返事したのであった。彼は伯父を前にすると、自分の老いた時の姿を目の前にみせつけられるような気がして、伯父の仕草の一つ一つに嫌悪を感ずるばかりでなく、時々破裂する伯父の疳癪《かんしゃく》(その故に伯父はやかま[#「やかま」に傍点]の伯父と、甥や姪たちから呼ばれていた。)にも、慣れているとはいえ、多少恐れをなしていた。その上その将棋というのが、彼よりも一枚半も強いくせに、弱いものを相手にしていじめるのを楽しむといった風で、いつまでたっても止めようとはいい出さないのであるから、
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