人を超えていたことが一層彼を悲惨に見せるのである。それは、東洋がいまだ近代[#「近代」に傍点]の侵害を受ける以前の、或る一つのすぐれた精神の型の博物館的標本である。…………
(このような批判を心の中に繰返しながら、三造は、こう考えている自分自身の物の見方が、あまりに生温《なまぬる》い古臭いものであることに思い及ばないわけには行かなかった。伯父の一つの道への盲信を憐れむ(あるいは羨む)ことは、同時に自らの左顧右眄《さこうべん》的な生き方を表白することになるではないか。して見れば彼自らも、伯父と同様、新しい時代精神の予感だけはもちながら、結局、古い時代思潮から一歩も出られない滑稽な存在となるのでないか。(ただ、それは伯父と比べて、半世紀だけ時代をずらしたにすぎない。)伯父のようになるであろうと言った彼の従姉の予言があたることになるではないか。…………)
 彼は少々忌々しくなって、文章を続ける気がしなくなり、今度は表のようなものをこしらえるつもりで、日記帖の真中に横に線を引き、上に、伯父から享《う》けたもの、と書き、下に、伯父と反対の点と書いた。そうして伯父と自分との類似や相違を其処に書き入
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