とがいた。伯父は扶《たす》けられて、やっと蒲団の上に起きて坐り、夜具を三方に高く積ませて、それに凭《よ》って辛うじて身を支えた。伯父は側にいる三人の名を一人一人呼んで床《とこ》の上に来させ、その手を握りながら、別れの挨拶をした。伯父が握手をするのはちょっと不思議であったが、恐らく、それがその時の伯父には最も自然な愛情の表現法だったのであろう。三造は、他の二人の握手を見ながら、多少の困惑を交えた驚きを感じていた。最後に彼が呼ばれた。彼が近づくと、伯父は真白な細く堅い手を彼の掌に握らせながら、「お前にも色々厄介を掛けた」と、とぎれとぎれの声で言った。三造は眼を上げて伯父の顔を見た。と、静かに彼を見詰めている伯父の視線にぶっつかった。その眼の光の静かな美しさにひどく打たれ、彼は覚えず伯父の手を強く握りしめた。不思議な感動が身体を顫わせるのを彼は感じた。
 それから伯父はその薬を飲み、やがて寝入ってしまった。三造はその晩ずっと、眠続けている伯父の側について見守った。一時の感動が過ぎると、彼には先刻の所作が――また、それに感動させられた自分が少々|気羞《きはずか》しく思出されて来る。彼はそれを忌
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