々《いまいま》しく思い、その反動として、今度は、伯父の死についてあくまで冷静な観察をもち続けようとの心構《こころがまえ》を固めるのである。青い風呂敷で電燈を覆ったので、部屋は海の底のような光の中に沈んでいる。そのうす暗さの真中にぼんやり浮かび上った端正な伯父の寝顔には、もはや、先刻までの激しい苦痛の跡は見られないようである。その寝顔を横から眺めながら、彼は伯父の生涯だの、自分との間の交渉だの、また病気になる前後の事情だのを色々と思いかえして見る。突然、ある妙な考えが彼の中に起って来た。「こうして伯父が寝ている側で、伯父の性質の一つ一つを意地悪く検討して行って見てやろう。感情的になりやすい周囲の中にあって、どれほど自分は客観的な物の見方が出来るか、を試すために」と、そういう考えが起って来たのである。(若い頃の或る時期には、全く後から考えると汗顔のほかは無い・未熟な精神的擬態を採ることがあるものだ。この場合も明らかにその一つだった。)その子供らしい試みのために彼は、携帯用の小型日記を取り出し、暗い電気の下でボツボツ次のような備忘録風のものを書き始めた。書留めて行く中に、伯父の性質の、という
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