伯父はそれを、目をつぶってじっと堪《こら》えようとするのである。時として、堪《こら》えに堪えた気力の隙から、かすかな呻《うめ》きが洩れる。瞑《つむ》った眼の周囲に苦しそうな深い皺《しわ》を寄せ、口を堅く閉じ、じっとしていられずに、大きな枕の中で頭をじりじり動かしている。身体には、もうほんの少しの肉も残されていない。意識が明瞭なので、それだけ苦痛が激しいのである。筋だらけの両の手の指を硬くこわばらせ、その指先で、寝衣の襟《えり》から出たこつこつ[#「こつこつ」に傍点]の咽喉骨や胸骨のあたりを小刻みに顫《ふる》えながら押える。その胸の辺が呼吸と共に力なく上下するのを見ていると、三造にも伯父の肉体の苦痛が蔽《おお》いかぶさって来るような気がした。しまいに、伯父は、薬で殺してくれと言出した。医者は、それは出来ないと言った。だが、苦痛を軽くするために、死ぬまで、薬で睡眠状態を持続させて置くことは許されるだろう、と附加えた。結局、その手段が採られることになった。いよいよその薬をのむという前に、三造は伯父に呼ばれた。側には、ほかに伯父の従弟に当る男と、及び、伯父の五十年来の友人であり弟子でもある老人
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