聞かぬ女だ、といって罵った。或《ある》時は、三造に向って看護婦の面前で、「看護婦を殴れ。殴っても構わん」などと、憤怒に堪えかねた眼付で、しわ嗄《が》れた声を絞りながら叫んだ。利《き》かない上体を、心持、枕から浮かすように務めながら目をけわしくして、衰えた体力を無理にふりしぼるように罵っている伯父の姿は全く悲惨であった。そういう時、最初の看護婦は、――その女は二日ほどいたが堪えられずに帰ってしまった――後を向いて泣出し、二度目の看護婦は不貞腐《ふてくさ》れて外《そ》っ方《ぽ》を向いていた。三造は、どうにもやり切れぬ傷ましい気持になりながら、何とも手の下しようが無かった。
病人の苦痛は極めて激しいもののようであった。食物という食物は、まるで咽喉《のど》に通らないのである。「天ぷらが喰べたい」と伯父が言出した。何処のが良い? と聞くと「はしぜん[#「はしぜん」に傍点]」だという。親戚の一人が急いで新橋まで行って買って来た。が、ほんの小指の先ほど喰べると、もうすぐに吐出してしまった。まる三週間近く、水の他何にも摂《と》れないので、まるで生きながら餓鬼道に堕ちたようなものであった。例の気象で、
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