行ってしまっていた」といい、生前の伯父を知っている者には、如何《いか》にもその風貌を彷彿《ほうふつ》させる描写なのだ。三造はこれを読みながら、微笑せずにはいられなかった。彼は、この書物を、大学と高等学校の図書館へ納めに行くように、家人から頼まれていた。けれども、自分の伯父の著書を――それも全然無名の一漢詩客に過ぎなかった伯父の詩文集を、堂々と図書館へ持込むことについて、多分の恥ずかしさを覚えないわけに行かなかった。三造は躊躇《ちゅうちょ》を重ねて、容易に持って行かなかった。そして、毎日机の上でひろげては繰返して眺めていた。読んで行く中《うち》に、狷介《けんかい》にして善く罵《ののし》り、人をゆるすことを知らなかった伯父の姿が鮮やかに浮かんで来るのである。羅振玉氏の序文にはまたいう。
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「聞ク、君潔癖アリ。終身婦人ヲ近ヅケズ。遺命ニ、吾レ死スルノ後、速ヤカニ火化ヲ行ヒ骨灰ヲ太平洋ニ散ゼヨ。マサニ鬼雄トナツテ、異日兵ヲ以テ吾ガ国ニ臨ムモノアラバ、神風トナツテ之ヲ禦《ふせ》グベシト。家人|謹《つつ》シンデ、ソノ言ニ遵《したが》フ。…………」
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