コウ》(上海のこと)ニ寓居《ぐうきょ》ス。先後十年間、東邦ノ賢豪長者、道ニ滬上《こじょう》ニ出ヅルモノ、縞紵《こうちょ》ノ歓ヲ聯《つら》ネザルハナシ。一日|昧爽《まいそう》、櫛沐《しつもく》ニ方《あた》リ、打門ノ声甚ダ急ナルヲ聞キ、楼欄ニ憑《よ》ツテ之《これ》ヲ観ルニ、客アリ。清※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]《せいく》鶴ノ如シ。戸ニ当リテ立ツ。スミヤカニ倒※[#「尸+徙」、第4水準2−8−18]《とうし》シテ之ヲ迎フ。既ニシテ門ニ入リ名刺ヲ出ダス。日本男子中島端ト書ス。懐中ノ楮墨《ちょぼく》ヲ探リテ予ト筆談ス。東亜ノ情勢ヲ指陳《しちん》シテ、傾刻十余紙ヲ尽ス。予|洒然《せんぜん》トシテ之ヲ敬ス。行クニノゾンデ、継イデ見ンコトヲ約シ、ソノ館舎ヲ詢《と》ヘバ、豊陽館ナリトイフ。翌日往イテ之ヲ訪ヘバ、則チ已《すで》ニ行ケリ矣。…………」
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これはまた恐ろしく時代離れのした世界である。が、「日本男子云々」の名刺といい、「打門ノ声甚ダ急」といい、「清※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]鶴ノ如シ」といい、「翌日訪ねると、もう何処《どこ》かへ
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