たが、紙幣を載せた手は引込めようとしない。此奴め! と思って私が黙って彼の顔を睨んでいてやると(だが、彼は自分に都合の悪い時には直ぐ瞼を下して了うので、其の目の表情は分らない)暫くして又瞼をつまみ上げた。ニヤリと笑おうとして私の視線に会うと、慌ててカーテンを下したが、それでも其の儘左手は出し続けている。面倒臭くなって十銭白銅を一つ掌の上に附加えてやると、今度は極く細目に瞼をあけて、私の顔は見ずに、口の中で礼らしい言葉を呟いて帰って行った。
 その中に六十銭が七十銭になり、七十銭が八十銭となり、瞼を上《あ》げ下《おろ》しするだけの無言の応酬の中に、到頭一円に迄相場がせり上げられて了った。値段ばかりではない。製作品に就いても折々不審なことが現れるようになった。板に彫らせた太陽模様図《カヨス》の※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にわとり》の絵が大分手を省いてある。小神祠《ウロガン》の模型も、其の構造が少々実物と違うらしい。かと思うと、彼の造った舟型霊代《カエップ》には余計な近代的装飾が勝手に加えられている。ちゃんと寸法を指定してやったものでも、とんでもない出鱈目《でたらめ》な大きさ
前へ 次へ
全21ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング