すのであった。この様な哀れな状《さま》をした愚鈍そうな老爺がとんでもない喰わせものであろうとは、南洋へ来てまだ間も無い私にとって頗《すこぶ》る意外であった。
其の頃、私はパラオ民俗を知る為の一助にもと、民間俗信の神像や神祠などの模型を蒐集していた。それ故、知合いの島民の一人からマルクープ老人が比較的|故実《こじつ》にも通じ手先も器用であると聞伝えた私は、彼を使って見ようという気になったのである。最初私の前に連れて来られた老人は、瞼を時々つまみ上げて私の方を見ては私の質問に答えた。コロールばかりでなく、パラオ本島各地の信仰に就いても、一通り知っているものの様に思われた。其の日私は彼に悪魔除けのメレックと称する髯面《ひげづら》男の像を作って来るようにいいつけた。二三日して老人の持って来たものを見ると、仲々巧く出来ている。礼として五十銭紙幣を一枚渡すと、老人は又瞼をつまみ上げて紙幣を見、それから私の顔を見て、ニヤリとしながら軽く頭を下げた。
以後、私は度々魔除や祭祀用器具の類を彼に作らせた。小神祠《ウロガン》や舟型霊代《カエップ》や大蝙蝠《オリック》や猥褻《わいせつ》なディルンガイ像など
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