? そうだ。一人の老人、土民の老爺の話をする積りだったのだ。その前置のつもりで、つい斯んな事をしゃべって了ったのであった。
其《そ》の老人はパラオのコロールに住んでいた。ひどく老衰しているように見えたが、実際は六十歳前だったかも知れぬ。南洋の老人の年齢はてんで[#「てんで」に傍点]見当がつかない。当人自らが年齢《とし》を知らぬということにもよるが、それよりも、温帯人に比べて中年から老年にかけて急に烈しく老い込んで了うからである。
マルクープと呼ばれた其の老人は幾分|傴僂《せむし》らしく、何時も前屈みになって乾いた咳《せき》をしながら歩いていた。可笑《おか》しかったのは彼の眼瞼が著しくたるんで下垂していることで、そのために彼は殆ど目をあけていることが出来ない。彼が他人の顔を良く見ようとする時は、顔を心持仰向けた上、人差指と親指とでたるんだ瞼《まぶた》をつまみ上げ、目の前を塞ぐ壁を取除かねばならぬ。それが、何かカーテンかブラインドでも捲上げるような工合《ぐあい》で、私は何時も失笑させられたものである。老人は何故笑われるのか判らないらしく、それでも此方の笑に調子を合わせてニヤニヤ笑い出
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