に兇漢と変じて、西班牙人を殺害した。之も又、ラガド市の大学を訪れたガリヴァー程に我々を面喰わせはしないであろう。
 所が次の様な場合、我々はそれを一体どう考えたらいいのであろうか。例えば、私が一人の土民の老爺と話をしている。たどたどしい私の土民語ではあるが、兎に角一応は先方にも通じるらしく、元来が愛想のいい彼等のこととて、大して可笑《おか》しくもなさそうな事を嬉しそうに笑いながら、老人は頗《すこぶ》る上機嫌に見える。暫くして話に漸《ようや》く油が乗って来たと思われる頃、突然、全く突然、老爺は口を噤《つぐ》む。初め、私は先方が疲れて一息入れているものと考え、静かに相手の答を待つ。しかし、老爺は最早語らぬ。語らぬばかりではない。今迄にこやかだった顔付は急に索然たるものとなり、其の眼も今は私の存在を認めぬものの如くである。何故? 如何なる動機が此の老人をこんな状態に陥れたのか? どんな私の言葉が彼を怒らせたのか? いくら考えて見ても全然見当さえつかない。とにかく、老爺は突然目にも耳にも口にも、或いは心に迄、厚い鎧戸《よろいど》を閉《た》てて了《しま》った。彼は今や古い|石の神像《クリツツム》
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