《ねこばば》される懼《おそれ》が充分にある故、老人は万全を期して三人に同じ事を委嘱したのであろうと。「島民の中には約束を守らぬ者が多いですから」というのが、最後に其の島民の附加えた言葉である。
 島民の生活に於て※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]が如何に大切なものとされているかを熟知している私は、三羽の生きた牝※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]を前にして、少からず感動した。しかし、それにしても、死んだ爺さんは一体院長に斡旋《あっせん》した私の親切(もしもそれが親切といえるならばだが)に対して報いたのだろうか。それとも、嘗て私の時計を失敬したことに対する謝罪のつもりだろうか。いやいや、あんな昔のことを彼が今迄憶えている筈が無い。憶えていたにしても、其の償いのつもりならば、当の時計を返してよこせばいいのに、あのウォルサムは一体どうしたのであろうか。いや、あの時計自体よりも、あの時計の事件によって私の心象に残された彼の奸悪さと、今の此の※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の贈り物とをどう調和させて考えればいいのだろう。人間は死ぬ時には善良になるものだ、とか、人間の性情は
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