た筈の懐中時計が見えなくなっているのに気が付いた。部屋中探したが見当らぬ。服のポケットにも無い。父親譲りの古いウォルサムもので、潮気と暑気とのために懐中時計の狂い勝ちな南洋にあっても、容易に狂いを見せない上等品である。以前マルクープが此の時計を、殊に其の銀の鎖を大変珍しがって、手に取ってはおもちゃ[#「おもちゃ」に傍点]にしていたことのあったのを、私は思い出した。私は直ぐに表へ出て彼の小舎を訪ねて行った。小舎の中には誰もいなかった。(彼は独り者なのである。)それから二三日続けて毎日寄って見たが、何時も小舎は空っぽである。近処の島民に聞くと、二日程前|本島《ほんとう》の何処とかへ行くと言って出掛けたきり帰って来ないのだという。
爾後《じご》、マルクープ老人は再び私の前に現れなかった。
それから二月程して、私は東の島々――中央カロリンからマーシャルへ掛けての長期に亘《わた》る土俗調査に出掛けた。調査は約二ヶ年を要した。
二年経って再びパラオに戻って来た私は、コロールの町に著しく家々が殖えたことに驚き、島民等が大変に如才無く狡くなって来たように感じた。
パラオへ帰って一月も経った頃
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