かかる大蛸《おおだこ》の様な猛烈さで、彼女はア・バイの中に闖入《ちんにゅう》した。
所が、海盤車《ひとで》と思った相手は、意外なことに痺《しび》れ※[#「魚+覃」、第3水準1−94−50]《えい》であった。一掴みと躍りかかった大蛸は忽《たちま》ち手足を烈しく刺されて退却せねばならなかった。骨髄に徹する憎悪を右腕一つにこめて繰出したエビルの突きは二倍の力で撥ね返され、敵の横腹を抓《つね》ろうとする彼女の手首は造作なく捩《ね》じ上げられた。口惜しさに半ば泣きながら渾身の力を以て体当りを試みたが、巧みに体を躱《かわ》されて前にのめり、柱にいやという程額をぶっつけた。目が眩んで倒れる所へ相手が襲いかかって、瞬く間にエビルの着物は悉く※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》り去られた。
エビルが負けた。
過去十年間無敵を誇った女丈夫エビルが最も大事な恋喧嘩《ヘルリス》に惨敗を喫したのである。ア・バイの柱々に彫られた奇怪な神像の顔も事の意外に目を瞠《みは》り、天井の闇にぶら下って惰眠を貪っていた蝙蝠《こうもり》共も此の椿事《ちんじ》に仰天して表へ飛び出した。ア・バイの壁の隙間か
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