。彼の此の予感は、彼を見返した女の熱情的な凝視(リメイは大変長い睫《まつげ》と大きな黒い目とをもっていた)によって更に裏付けられた。其の日以来、ギラ・コシサンとリメイとは恋仲になったのである。
 モゴルの女は一人で男子組合の会員の凡てに接する場合もあれば、或る特別の少数、或いは一人だけに限る場合もある。それは女の自由に任せられるのであって、組合の方で強制する訳には行かない。リメイは既婚者ギラ・コシサン一人だけを選んだ。男自慢の青年共の流眄《ながしめ》も口説も、その他の微妙な挑発的手段も、彼女の心を惹くことが出来ない。
 ギラ・コシサンにとって、今や世界は一変した。女房の暗雲のような重圧にも拘わらず、外には依然陽が輝き青空には白雲が美しく流れ樹々には小鳥が囀《さえず》っていることを、彼は十年この方始めて発見したように思った。
 エビルの慧眼《けいがん》が夫の顔色の変化を認めない訳がない。彼女は直ちに其の原因を突きとめた。一夜、徹底的に夫を糺弾《きゅうだん》した後、翌朝、男子組合のア・バイに向って出掛けた。夫を奪おうとした憎むべきリメイに断乎としてヘルリスを挑むべく、海盤車《ひとで》に襲い
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