全体が集まっているに違いないと思った期待がすっかり外れた。下には僅か五六人の男女が口をあけて彼女の狂態を見上げているだけだ。誰ももうエビルの叫喚には慣れて了って、又始まったと昼寝の枕から首も上げないのであろう。
 とにかく、相手が僅か五六人では、何もこんなに喚くがものはない。それに、先刻から厖大な身体がともすれば滑り落ちそうで仕方が無い。エビルは今迄の叫喚をピタリと止め、多少きまり悪げな笑いを浮べてノソノソ下りて来た。
 下にいた数人の村人の中に、エビルがギラ・コシサンの妻になる以前に大変|懇《ねんご》ろであった一人の中年男がいた。悪い病のために鼻が半分落ちかかっていたが、大変広い芋田を持った・村で二番目の物持である。下りて来たエビルは此の男の顔を見ると、自分でも訳が分らずにニコリとした。途端に、男の視線が熱いものとなり、忽ち意気投合したのであろう。二人は手を取り合って、鬱蒼たるタマナ樹の茂みの下に歩み去った。
 残された少数の見物人も別に驚きはせぬ。二人の後姿を見送ってニヤリと笑ったばかりである。
 四五日すると、エビルと共に白昼タマナの茂みに姿を消した中年男の家に、エビルが公然と入
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