ると、その前の大椰子樹に手を掛けて上ろうとした。昔、大変古い昔、此の村の或る男が財宝《ウドウド》と芋田と女とを友人に欺きとられた時、その男は此の椰子の親木(今からずっと前に枯れて了《しま》ったが、其の頃はまだ椰子としての男盛りで村一番の丈高い樹であった)に駈け上り、其の天辺から村中の人々に呼び掛けて、己の欺かれた次第を告げ、欺瞞者を呪い世を怨み神を怨み己を生んだ母親をも怨んで、それから、地上へ飛び下りた。之が言伝えに残る・前にも後にも此の島唯一人の自殺者だが、今エビルは此の男に倣《なら》おうとした。しかし、男になら訳なく登れる椰子の樹も、女には仲々むずかしい。殊にエビルは肥って腹が出ているので、登り易くする為に椰子の幹に刻んだ切痕を五段も攀じ上ると、早くも呼吸が切れて来た。もう之以上はどうしても登れそうもない。口惜しさにエビルは大声を出して村人を呼んだ。そうして、其の高みから(それでも地上二間位は登っていたろう)ずり落ちまいと必死に幹にしがみつきながら、己の憐れな境遇を訴えた。海蛇の名に誓い椰子蟹と小判鮫の名にかけて、夫と其の情婦とを呪った。呪いながら、涙にかきくれた目で下を見ると、村
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