う。」と彼は言った。此の際にもまだ逃げる[#「逃げる」に傍点]などという臆病な言い方を彼は用いた。「逃げよう。お前の村へ。」
 丁度、モゴルの契約期間も満期になる頃だったので、リメイも彼を伴っての帰村を承知した。二人は篝火のまわりに踊り狂う村人達の目を避け手を携えて間道から浜に出ると、先程繋いでおいた独木舟に乗り、夜の海に浮かび出た。
 翌朝白々明けに舟はリメイの故郷アルモノグイに着いた。二人はリメイの親の家に行き、其処《そこ》で結婚した。程経て、例のカヤンガル出来の舞踊台を村の衆に披露し、旁々盛大な|夫婦固めの式《ムル》を挙げたことは言う迄もない。
 一方、エビルは、夫がまだカヤンガルで舞踊台の出来上りを待っているとのみ思って、日夜数人の未婚の青年を集めて痴情に耽っていた。しかし、或日のこと、アルモノグイ近辺から来た椰子蜜採りの口から、竟に、事の真相を聞きつけた。
 エビルは忽《たちま》ちカアーッと逆上した。世の中に自分程可哀そうな者は無い、オボカズ女神の身体がパラオの島々と化して以来、リメイ程性の悪い女は無い、と喚《わめ》き、ワアワア泣きながら家を飛び出した。海岸のア・バイの所迄来
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