》をし、疲れる。アミアカ樹の芽をすり潰して其の汁を飲んでも、蛸樹《オゴル》の根を煎じて飲んでも、一向に効き目が無い。彼の主人は之に気が付き、哀れな下男が哀れな病気になったことを大変ふさわしいと考えた。それで、此の下男の仕事は益々ふえた。
 哀れな下男は、しかし、大変賢い人間だったので、己《おの》が運命を格別辛いとは思わなかった。己《おのれ》の主人が如何《いか》に苛刻であっても、尚、自分に、視ることや聴くことや呼吸すること迄禁じないから有難いと思っていた。自分に課せられる仕事が如何に多くとも、なお婦人の神聖な天職たる芋田《ムセイ》耕作だけは除外されていることを有難く思おうと考えた。鱶のいる海に跳び込んで足の指三本を失ったことは不幸のようだが、それでも脚全体を喰切られなかったことを感謝しよう。空咳《からぜき》の出る疲れ病[#「疲れ病」に傍点]に罹《かか》ったことも、疲れ病[#「疲れ病」に傍点]と同時に男の病[#「男の病」に傍点]に迄罹る人間もあることを思えば、少くとも一つの病だけは免れたことになる。自分の頭髪が乾いた海藻の様に縮れていないことは明らかに容貌上の致命的欠陥には違いないが、荒れ
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