南島譚
幸福
中島敦

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)此《こ》の島に

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)第一|長老《ルバック》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「厭/食」、第4水準2−92−73]
−−

 昔、此《こ》の島に一人の極めて哀れな男がいた。年齢《とし》を数えるという不自然な習慣が此の辺には無いので、幾歳《いくつ》ということはハッキリ言えないが、余り若くないことだけは確かであった。髪の毛が余り縮れてもおらず、鼻の頭がすっかり[#「すっかり」に傍点]潰《つぶ》れてもおらぬので、此の男の醜貌《しゅうぼう》は衆人の顰笑《ひんしょう》の的《まと》となっていた。おまけに脣《くちびる》が薄く、顔色にも見事な黒檀《こくたん》の様な艶が無いことは、此の男の醜さを一層甚だしいものにしていた。此の男は、恐らく、島一番の貧乏人であったろう。ウドウドと称する勾玉《まがたま》の様なものがパラオ地方の貨幣であり、宝であるが、勿論、此の男はウ
次へ
全14ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング