彼の所有する珠貨《ウドウド》は、玳瑁《たいまい》が浜辺で一度に産みつける卵の数ほど多い。その中で一番貴いバカル珠に至っては、環礁《リーフ》の外に跳梁する鋸鮫《のこぎりざめ》でさえ、一目見て驚怖退散する程の威力を備えている。今、島の中央に巍然《ぎぜん》として屹立《きつりつ》する・蝙蝠模様で飾られた・反《そ》り屋根の大集会場《バイ》を造ったのも、島民一同の自慢の種子である蛇頭の真赤な大戦舟を作ったのも、凡《すべ》て此の大|支配者《ムレーデル》の権勢と金力とである。彼の妻は表向きは一人だが、近親相姦禁忌の許す範囲に於いて、実際は其《そ》の数は無限といってよい。

 此の大権力者の下僕たる・哀れな醜い独り者は、身分が卑しいので、直接の主人たる此の第一|長老《ルバック》は固《もと》より、第二第三第四ルバックの前を通る時でも、立って歩くことは許されなかった。必ず匍匐膝行《ほふくしっこう》して過ぎなければならないのである。もし、独木舟《カヌー》に乗って海に出ている時に長老の舟が近付こうものなら、賤《いや》しき男は独木舟《カヌー》の上から水中に跳び込まねばならぬ。舟の上から挨拶する如き無礼は絶対に許さ
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