昔から女の仕事と極《き》められている芋田《ムセイ》の手入の外は、何から何迄此の男が一人で働く。陽が西の海に入って、麺麭《パン》の大樹の梢《こずえ》に大蝙蝠《おおこうもり》が飛び廻る頃になって、漸《ようや》く此の男は、犬猫にあてがわれるようなクカオ芋の尻尾と魚のあら[#「あら」に傍点]とにありつく。それから、疲れ果てた身体を固い竹の床《ゆか》の上に横たえて眠る――パラオ語でいえばモ・バズ、即ち石になるのである。
 彼の主人たる此の島の第一|長老《ルバック》はパラオ地方――北は此の島から南は遠くペリリュウ島に至る――を通じて指折の物持ちである。此の島の芋田の半分、椰子林の三分の二は此の男のものに属する。彼の家の台所には、極上|鼈甲《べっこう》製の皿が天井迄高く積上げられている。彼は毎日海亀の脂や石焼の仔豚や人魚の胎児や蝙蝠の仔の蒸焼《むしやき》などの美食に※[#「厭/食」、第4水準2−92−73]《あ》いているので、彼の腹は脂ぎって孕《はら》み豚の如くにふくらんでいる。彼の家には、昔その祖先の一人がカヤンガル島を討った時敵の大将を唯の一突きに仕留めたという誉《ほま》れの投槍が蔵されている。
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