に手の生えている蜈蚣《むかで》でも遣《や》り切れまいと思われる程だ。其等《それら》の用をいいつける主人というのが、昼間は己の最も卑しい下僕である筈の男である。之が又ひどく意地悪で、次から次へと無理をいう。大蛸には吸い付かれ、車渠貝には足を挟まれ、鱶には足指を切られる。食事はといえば、芋の尻尾と魚のあら[#「あら」に傍点]ばかり。毎朝、彼が母屋《おもや》の中央の贅沢な呉蓙《ござ》の上で醒を覚ます時は、身体は終夜の労働にぐったりと疲れ、節々《ふしぶし》がズキズキと痛むのである。毎晩斯ういう夢を見ている中に、第一長老の身体から次第に脂気がうせ、出張った腹が段々しぼんで来た。実際芋の尻尾と魚のあら[#「あら」に傍点]ばかりでは、誰だって痩せる外はない。月が三回|盈欠《みちかけ》する中に長老はみじめに衰えて、いやな空咳までするようになった。
竟《つい》に、長老が腹を立てて下僕を呼びつけた。夢の中で己を虐《しいた》げる憎むべき男を思いきり罰してやろうと決心したのである。
所が、目の前に現れた下僕は、嘗《かつ》ての痩せ衰えた・空咳をする・おどおどと畏れ惑《まど》う・哀れな小心者ではなかった。何時
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