った。それでなお足りないのだ。サー・ウォルター・スコットを思う。突然破産し・次いで妻を失い・絶えず債鬼に責められて機械的に駄作を書き飛ばさねばならなかった・晩年のスコットを。彼には、墓場のほかに休息は無かった。
又も戦争の噂。実に煮え切らないポリネシア的な紛争だ。燃えそうでいて燃えず、消えかかっていて、猶《なお》、くすぶっている。今度も、ツツイラの西部で酋長等の間に小競合があったばかりだから、大した事はなかろう。
一月××日
インフルエンザ流行。うち中殆どやられる。私の場合には余計な喀血《かっけつ》まで伴って。
ヘンリ(シメレ)が実に良く働いて呉れる。元来サモア人は極く賤《いや》しい者でも汚物を運ぶことを嫌うのに、小酋長たるヘンリが毎晩敢然と汚物のバケツを提げては蚊帳《かや》をくぐって捨てに行っていた。みんなが大抵|快《よ》くなった今、最後に彼に感染したらしく、熱を出している。近頃彼のことを戯れにデイヴィ(バルフォア)と呼ぶことにしている。
病中、又新しい作品を始めた。ベルに書取らせる。英国に捕虜となった一|仏蘭西《フランス》貴族の経験を書くのだ。主人公の名がアンヌ・ド・サ
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