ぬであろう。此の確信ある絶望は、一種の愉悦でさえある。それは、意識せる・勇気ある・楽しさを以て、以後の生を支えて行くに足るもの――信念に幾《ちか》いものだ。快楽も要らぬ。インスピレーションも要らぬ。義務感だけで充分やって行ける自信がある。蟻の心構を以て、蝉の唄を歌い続け得る自信が。
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市場《いち》に 街頭《まち》に
私は太鼓をとどろと鳴らす
紅い上衣《コート》を着て私の行くところ
頭上にリボンは翩翻《へんぽん》と靡く。
新しい戦士を求めて
私は太鼓をとどろと鳴らす
わが伴侶《とも》に私は約束する
生きる希望と、死ぬ勇気とを。
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九
満十五歳以後、書くこと[#「書くこと」に傍点]が彼の生活の中心であった。自分は作家となるべく生れついている、という信念は、何時、又、何処から生じたものか、自分でも解らなかったが、兎に角十五六歳頃になると、既に、それ以外の職業に従っている将来の自分を想像して見ることが不可能な迄になっていた。
其の頃から、彼は外出の時いつも一冊のノートをポケットに持ち、路上で見るもの、聞くもの、考えついたことの凡て
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