興奮している時の彼は中々美少年である。ニュウ・ヘブリディスから来た当座は、うち[#「うち」に傍点]の食事が旨《うま》いとて無闇に食過ぎ、腹が凄くふくらんで了って苦しんだことがあったが。
十月×日
朝来、胃痛|劇《はげ》し。阿片《あへん》丁幾《チンキ》十五滴服用。この二三日は仕事をせず。我が精神は所有者未定《アベイヤンス》の状態にあり。
曾《かつ》て私は華やかな青年だったらしい。というのは其の頃、友人の誰もが、私の作品よりも私の性格と談話との絢爛《けんらん》さを買っていたようだったから。しかし、人は何時迄もエァリエルやパックばかりではいられない。「ヴァージニバス・ピュエリスク」の思想も文体も、今では最も厭《いと》わしいものになって了った。実際イエールでの喀血《かっけつ》後、凡《すべ》てのものに底が見えて来たように感じた。私は最早何事にも希望を抱かぬ。死蛙の如くに。私は、凡ての事に、落着いた絶望を以て這入って行く。宛《あたか》も、海へ行く場合、私が何時も溺《おぼ》れることを確信して行くのと同様に。ということは、何も、自暴自棄になっているのではない。それ所か、私は、死ぬ迄快活さを失わ
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