み足を蹴上げて跳ね廻る時、大法官も大作家も共に、威厳を失墜すること夥《おびただ》し。
 一週間前、チーフ・ジャスティスは混血児の通訳をそそのかして、私に不利な証拠を掴《つか》ませようとあせっていたし、私は私で今朝も、此の男を猛烈に攻撃した第七回目の公開状をタイムズヘ書いていた。
 我々は、今微笑を交しつつ、奔馬の跳躍に余念がない!

九月××日
「デイヴィッド・バルフォア」漸く仕上。と同時に、作者もぐったりして了った。医者に診て貰うと、決って、此の熱帯の気候の「温帯人を傷める」性質に就いての説明を聞かされる。どうも信じられない。この一年間、煩わしい政治騒ぎの中で持続的にやって来た労作のようなものは、まさか、ノルウェーでは出来まいに。兎に角、身体は疲労の極に達している。「デイヴィッド・バルフォア」に就いては、大体満足。
 昨日の午後街へ使にやったアリック少年が、昨夜遅く繃帯《ほうたい》をし眼を輝かして帰って来た。マライタ部落の少年等と決闘、三・四人を傷つけて来たと。今朝、彼はうち[#「うち」に傍点]中の英雄になっていた。彼は一本糸の胡弓《こきゅう》を作り、自ら勝利の唄を奏で、且つ踊った。
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