は美しく晴れたが、道は依然どろんこ[#「どろんこ」に傍点]。草のために腰まで濡れる。余り駈けさせたので、テーラーは豚柵の所で二度も馬から投出された。黒い沼。緑のマングロオヴ。赤い蟹《かに》、蟹、蟹。街に入ると、パテ(木の小太鼓)が響き、華やかな服を着けた土人の娘達が教会へはいって行く。今日は日曜だった。街で食事を摂ってから、帰宅。
 十六の柵を跳び越えて二十|哩《マイル》の騎行(しかも其の前半は豪雨の中)。六時間の政論。スケリヴォアで、ビスケットの中の穀象虫の様にちぢかんでいた曾《かつ》ての私とは、何という相違だろう!
 マターファは美しい見事な老人だ。我々は昨夜、完全な感情の一致を見たと思う。

五月××日
 雨、雨、雨、前の雨季の不足を補うかのように降続く。ココアの芽も充分水を吸っていよう。雨の屋根を叩く音が止むと、急流の水音が聞えて来る。
「サモア史脚註」完成。勿論、文学ではないが、公正且つ明確なる記録たることを疑わず。
 アピアでは白人達が納税を拒んだ。政府の会計報告がはっきりしないからだ。委員会も彼等を召喚する能《あた》わず。
 最近、我が家の巨漢ラファエレが女房のファアウマ
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