に逃げられた。がっかりして、朋輩《ほうばい》の誰彼に一々共謀の疑をかけていたようだが、今はあきらめて新しい妻を見つけに掛かっている。
「サモア史」の完結で、愈々《いよいよ》、「デイヴィッド・バルフォア」に専念できる。「誘拐《キッドナップト》」の続篇だ。何度か書出しては、途中で放棄していたが、今度こそ最後迄続け得る見込がある。「難破船引揚業者《レッカー》」は余りに低調だった。(尤《もっと》も、割に良く読まれているというから不思議だが)「デイヴィッド・バルフォア」こそは「マァスタア・オヴ・バラントレエ」以来の作品となり得よう。デイヴィ青年に対する作者の愛情は、一寸他人には解るまい。

五月××日
 C・J《チーフ・ジャスティス》・ツェダルクランツが訪ねて来た。どうした風の吹廻しやら。うち[#「うち」に傍点]の者と何気ない世間話をして帰って行った。彼は、最近のタイムズの私の公開状(その中で彼をこっぴどく[#「こっぴどく」に傍点]やっつけた)を読んでいる筈。どういう量見で来たのだろう?

六月×日
 マターファの大饗宴《だいきょうえん》に招かれているので、朝早く出発。同行者――母、ベル、タウイ
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