う》に向って、マターファが余を紹介する。「アピア政府の反対を冒して、余(マターファ)を助けんが為に雨中を馳《は》せ来りし人物なれば、卿《きょう》等は以後ツシタラと親しみ、如何なる場合にも之に援助を惜しむべからず。」と。
 ディナー、政談、歓笑、カヴァ、――夜半迄続く。肉体的に堪えられなくなった余のために、家の一隅が囲われ、其処にベットが作られた。五十枚の極上のマットを並べた上で独り眠る。武装した護衛兵と、他に幾人かの夜警が、徹宵家の周囲に就いている。日没から日の出まで彼等は無交代である。
 暁方の四時頃、眼が覚めた。細々と、柔らかに、笛の音が外の闇から響いて来る。快い音色だ。和やかに、甘く、消入りそうな…………
 あとで聞くと、此の笛は、毎朝きまって此の時刻に吹かれることになっているのだそうだ。家の中に眠れる者に良き夢を送らんが為に。何たる優雅な贅沢《ぜいたく》! マターファの父は、「小鳥の王」といわれた位、小禽《ことり》共《ども》の声を愛していたそうだが、其の血が彼にも伝わっているのだ。
 朝食後テーラーと共に馬を走らせて帰途に就く。乗馬靴が濡れて穿《は》けないので跣足《はだし》。朝
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