こぶ》る浅く、ボートの底が方々にぶっつかる。繊月光淡し。大分沖へ出た頃、サヴァイイから帰る数隻の捕鯨ボートに追越される。灯をつけた・十二|丁《ちょう》櫓《ろ》・四十人乗の大型ボート。どの船でも皆漕ぎながら合唱していた。
 遅いのでうち[#「うち」に傍点]へは帰れず。アピアのホテルに泊る。

五月××日
 朝、雨中を馬でアピアヘ。今日の通訳サレ・テーラーと待合せ、午後から、又マリエヘ行く。今日は陸路。七|哩《マイル》の間ずっと土砂降。泥濘《ぬかるみ》。馬の頸《くび》に達する雑草。豚小舎の柵《さく》も八ヶ所程飛越す。マリエに着いた時は、既に薄暮。マリエの村には相当立派な民家がかなり在る。高いドーム型の茅屋根《かややね》をもち、床に小石を敷いた・四方の壁の明けっぱなしの建物だ。マターファの家も流石《さすが》に立派だ。家の中は既に暗く、椰子殻《やしがら》の灯が中央に灯《とも》っていた。四人の召使が出て来て、マターファは今、礼拝堂にいるという。其の方角から歌声が洩《も》れて来た。
 やがて、主人がはいって来、我々が濡れた着物を換えてから、正式の挨拶あり。カヴァ酒が出る。列座の諸|酋長《しゅうちょ
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