のようなもので、会い度いから来週の月曜にマリエヘ来て呉れという。土語の聖書を唯一の参考にして(「我誠に汝らに告ぐ」式の手紙だから、先方も驚くだろう。)承知の旨をたどたどしいサモア語でしたためる。一週間の中に、王と、其の対立者とに会う訳だ。斡旋《あっせん》の実が挙がれば良いと思う。
四月×日
身体の工合余り良からず。
約束故、ムリヌウの、みすぼらしき王宮へ御馳走になりに行く。何時もながら、直ぐ向いの政務長官官邸が眼障りでならぬ。今日のラウペパの話は面白かった。五年前悲壮な決意を以て独逸《ドイツ》の陣営に身を投じ、軍艦に載せられて見知らぬ土地に連れ行かれた時の話である。素朴な表現が心を打った。
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「…………昼はいけないが、夜だけは甲板に上ってもいいと言われた。長い航海の後、一つの港に着いた。上陸すると、恐ろしく暑い土地で、足首を二人ずつ鉄の鎖で繋《つな》がれた囚人等が働いていた。其処には浜の真砂《まさご》のように数多くの黒人がいた。…………それから又大分船に乗り、独逸も近いと言われた頃、不思議な海岸を見た。見渡す限り真白な崖が陽に輝いているのだ。三時間も経つと、
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