は午前中は、しゃべってはいけない」と医者に禁じられているので、無言の将棋である。その中に疲れて来ると、スティヴンスンが盤の縁を叩いて合図する。すると、ゴスなり、ファニイなりが彼を寐《ね》かせ、そして、何時でも書きたい時に寐たなりで書けるように、布団の位置を巧《うま》く、しつらえる。ディナーの時間迄ステイヴンスンは独りで寐たまま、休んでは書き、書いては休みする。ロイド少年の画いていた或る地図から思いついた海賊冒険|譚《たん》を、彼は書続けていた。ディナーの時になると、ステイヴンスンは階下《した》に下りて来る。午前中の禁が解かれているので、今度は饒舌《じょうぜつ》である。夜になると、彼は其の日|書溜《かきた》めた分を、みんなに読んで聞かせる。外では雨風の音が烈しく、隙間風に燭台《しょくだい》の灯がちらちらと揺れる。一同は思い思いの姿勢で、熱心に聞きとれている。読終ると、てんでに色々な註文や批評を持出す。一晩毎に興味を増して来て、父親までが、「ビリィ・ボーンズの箱の中の品目作製を受持とう」と言出した。ゴスはゴスで、又、別の事を考えながら、暗然たる気持で此の幸福そうな団欒《だんらん》を眺めてい
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