に帰って来た。意外なことに、トマス・スティヴンスン氏は倅の妻に大変満足した。元来、彼は倅の才能は明らかに認めながらも、何処か倅の中に、通俗的な意味で安心の出来ない所があるのを感じていた。此の不安は、倅が幾ら年齢を加えても決して消えなかった。それが、今、ファニイによって、(初めは反対した結婚ではあったが)息子の為に実務的な確実な支柱を得たような気がした。美しく・脆《もろ》い・花のような精神を支えるべき、生気に充ちた強靱《きょうじん》な支柱を。

 長い不和の後、一家――両親、妻、ロイドと揃ってブレイマの山荘に過した一八八一年の夏を、スティヴンスンは今でも快く思い起すことが出来る。それは、アバディーン地方特有の東北風が連日、雨と雹《ひょう》とを伴って吹荒《ふきすさ》む沈鬱《ちんうつ》な八月であった。スティヴンスンの身体は例によって悪かった。或日エドモンド・ゴスが訪ねて来た。スティヴンスンより一つ年上の・この博識温厚な青年は、父のスティヴンスン氏とも良く話が合った。毎朝ゴスは朝食を済ますと、二階の病室に上って行く。スティヴンスンは寝床の上に起上って待っている。将棋《チェス》をするのだ。「病人
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