は初め息子をもエンジニーアに仕立てようと考えていたのだが)は、どうにか之を認め得た父親も、その背教だけは許せなかった。父親の絶望と、母親の涙と、息子の憤激の中に、親子の衝突が屡々《しばしば》繰返された。自分が破滅の淵に陥っていることを悟れない程、未だ子供であり、しかも父の救の言葉を受付けようとしない程、成人《おとな》になっている息子を見て、父親は絶望した。此の絶望は、余りに内省的な彼の上に奇妙な形となって顕《あらわ》れた。幾回かの争の後、彼は最早息子を責めようとせず、ひたすらに我が身を責めた。彼は独り跪《ひざまず》き、泣いて祈り、己の至らざる故に倅《せがれ》を神の罪人としたことを自ら激しく責め、且つ神に詫《わ》びた。息子の方では、科学者たる父が何故こんな愚かしい所行を演ずるのか、どうしても理解できなかった。
それに、彼は、父と争論したあとでは何時も、「どうして親の前に出ると斯《こ》んな子供っぽい議論しか出来なくなるのだろうか」と、自分でいや[#「いや」に傍点]になって了うのである。友人と話合っている時ならば、颯爽《さっそう》とした(少くとも成人《おとな》の)議論の立派に出来る自分なの
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