を、やがて、夫婦というよりも寧《むし》ろ、芸術家と其のマネージャアの如きものに変えて了った。スティヴンスンに欠けている実際家的才能を多分に備えていたファニイは、彼のマネージャアとして確かに優秀であった。が、時に、優秀すぎる憾《うらみ》がないではなかった。殊に、彼女が、マネージャアの分を超えて批評家の域に入ろうとする時に。
 事実、スティヴンスンの原稿は、必ず一度はファニイの校閲を経なければならないのである。三晩|寐《ね》ないで書上げた「ジィキルとハイド」の初稿をストーヴの中に叩き込ませたのは、ファニイであった。結婚以前の恋愛詩を断然差押えて出版させなかったのも、彼女であった。ボーンマスにいた頃、夫の身体の為とはいえ、古い友達の誰彼を、頑として一切病室に入れなかったのも、彼女であった。之にはスティヴンスンの友人達も大分気を悪くした。直情径行のW・E・ヘンレイ(ガルバルジイ将軍を詩人にした様な男だ)が真先に憤慨した。何の為に、あの色の浅黒い・隼《はやぶさ》の様な眼をした亜米利加女が、でしゃばらねばならぬのか。あの女のためにスティヴンスンはすっかり変って了った、と。此の豪快な赤髯《あかひげ》
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