ないから。)
 所で、問題は要するに、作品と、作者の生活との開き[#「開き」に傍点]だ。作品に比べて、悲しいことに、生活が(人間が)余りに低い。俺は、俺の作品のだしがら[#「だしがら」に傍点]? スウプのだしがら[#「だしがら」に傍点]の様な。今にして思う。俺は、物語を書くことしか今迄考えたことがなかった。その一つの目的に向って統一された生活を美しいとさえ自ら感じていた。勿論、作品を書くことが、同時に、人間修業にならなかった、とはいうまい。確かに、なった。しかし、それ以上に、人間的完成に資する所の多い途《みち》は無かったか? (他の世界――行為の世界は病弱な自分に対して閉されていたから、などというのは、卑怯《ひきょう》な遁辞《とんじ》であろう。一生病床にいても、猶《なお》、修業の途はある。勿論、そうした病人の達成する所のものは、余りに偏《かたよ》ったものになりがちだが)自分は余りにも物語道(その技巧的方面)にのみ没入し過ぎてはいなかったか? 漠然とした自己完成のみを目指して生活に一つの実際的焦点を有たぬ者(ソーローを見よ)の危険は、充分考慮に入れた上で、この事を言っているのだ。曾《かつ
前へ 次へ
全177ページ中164ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング