、「弁解は神様だけが御存じだ」と嘯《うそぶ》いたものだが、今は、裸になり、両手を突き、満身の汗をかいて、「分りませぬ」と申します。
 一体、俺はファニイを愛していたのか? 恐ろしい問だ。恐ろしい事だ。之も分らぬ。兎に角分っているのは、私が彼女と結婚して今に到っているということだけだ。(抑々《そもそも》愛とは何だ? 之からして分っているのか? 定義を求めているのではない。自己の経験の中から直ぐに引出せる答を有っているか、というのだ。おお、満天下の読者諸君! 諸君は知っておられるか? 幾多の小説の中で幾多の愛人達を描いた小説家ロバァト・ルゥイス・スティヴンスン氏は、何と、齢《よわい》四十にして未だ愛の何ものなるかを解せぬということを。だが、驚くことはない。試みに古来のあらゆる大作家を拉《らっ》し来って、面と向って此の単純極まる質問を呈して見給え。愛とは何ぞや? と。して、彼等の心情経験の整理箱の中から其の直接の答を求めて見給え。ミルトンもスコットもスウィフトもモリエールもラブレエも、更にはシェイクスピア其の人さえもが、意外にも、驚くべき非常識、乃至《ないし》、未熟を曝露《ばくろ》するに違い
前へ 次へ
全177ページ中163ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング