衝突。之も書こうと思えば書ける。むしろ大いに、批評家諸君を悦《よろこ》ばせる程、深刻に。結婚の事情。これも書けないことはないとしよう。(老年に近く、最早女でなくなった妻を前に見ながら、之を書くのは頗《すこぶ》る辛いことには違いないが)しかし、ファニイとの結婚を心に決めながら、同時に俺が、他の女達に何を語り何を為していたかを書くことは? 勿論、書けば、一部の批評家は欣《よろこ》ぶかも知れぬ。深刻無比の傑作現るとか何とか。併し、俺には書けぬ。俺には残念ながら当時の生活や行為が肯定できないから。肯定できないのは、お前の倫理観が、凡《およ》そ芸術家らしくもなく薄っぺらだからだ、という見方もあるのは承知している。人間の複雑性を底まで見極めようとする其の見方も、一応は解らぬことはない。(少くとも他人の場合に、なら。)だが結局、全身的には解らぬ。(俺は、単純|闊達《かったつ》を愛する。ハムレットよりドン・キホーテを。ドン・キホーテよりダルタニアンを。)薄っぺらでも何でも、俺の倫理観は(俺の場合、倫理観は審美感と同じだ。)それを肯定できぬ。では、当時何故そんな事をした? 分らぬ。全く分らぬ。昔は、よく
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