微風、近くの森から聞える鳥の声、誰かがふざけて私の名を呼ぶ声、笑声、口笛の合図…………大体、昼の生活を夢の中で、もう一ぺん、し直すのである。

十二月××日
 昨夜仔豚三頭盗まる。
 今朝巨漢ラファエレが、おずおずと我々の前に現れたので、この事に就いて質問し、やま[#「やま」に傍点]をかけて見る。全く子供|欺《だま》しのトリック。但し、之はファニイがやったので、私は余り斯《こ》んな事を好まぬ。先ずラファエレを前に坐らせ、こちらは少し離れて彼の前に立ち、両腕を伸ばし両方の人差指でラファエレの両眼を指しながら徐々に近づいて行く、こちらの勿体ぶった様子にラファエレは既に恐怖の色を浮べ、指が近付くと眼を閉じて了う。其の時、左手の人差指と親指とを拡げて彼の両眼の瞼に触れ、右手はラファエレの背後《うしろ》に廻して、頭や背を軽く叩く。ラファエレは、自分の両眼にさわっているのは左右の人差指と信じているのだ。ファニイは右手を引いて元の姿勢に復《かえ》り、ラファエレに眼を開かせる。ラファエレは変な顔をして、先刻頭の後にさわったのは何です、と聞く。「私に付いている魔物だよ。」とファニイが云う。「私は私の魔物
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