じ。絶えざる殺戮《さつりく》の残酷さ。植物共の生命が私の指先を通して感じられ、彼等のあがき[#「あがき」に傍点]が、私には歎願のように応える。血に塗《まみ》れているような自分を感じる。

 ファニイの中耳炎。まだ痛むらしい。
 大工の馬が※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]卵《けいらん》十四箇を踏みつぶした。昨夕は、うち[#「うち」に傍点]の馬が脱出して、隣(といっても随分離れているが)の農耕地に大きな穴をあけたそうだ。

 身体の調子は頗《すこぶ》る良いのだが、肉体労働が少し過ぎるらしい。夜、蚊帳《かや》の下のベッドに横になると、背中が歯痛のように痛い。閉じた瞼《まぶた》の裏に、私は、近頃毎晩ハッキリと、限りない、生々した雑草の茂み、その一本一本を見る。つまり、私は、くたくたになって横たわった儘《まま》何時間も、昼の労働の精神的|復誦《ふくしょう》をやってのける訳だ。夢の中でも、私は、強情な植物共の蔓《つる》を引張り、蕁麻《いらくさ》の棘《とげ》に悩まされ、シトロンの針に突かれ、蜂には火の様に螫《さ》され続ける。足許でヌルヌルする粘土、どうしても抜けない根、恐ろしい暑さ、突然の
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