配した。
十四
一八九三年十一月×日
いやな雨もよいの朝、巨《おお》きな雲。海の上に落ちた其の巨大な藍灰色《らんかいしょく》の影。朝七時だというのに、まだ灯をつけている。
ベルはキニーネを必要とし、ロイドは腹をこわし、私は瀟洒たる[#「瀟洒たる」に傍点]小喀血《しょうかっけつ》。
何か不快な朝だ。我を取囲む錯雑せる悲惨《みじめさ》の意識。事物そのものに内在せる悲劇が作用《はたら》いて救い難い暗さに迄私を塗込める。
生は常に麦酒《ビール》と九柱戯ばかりではない。しかし、私は結局、事物の究極の適正を信ずる。私が一朝眼覚めた時地獄に堕《お》ちていようとも、私の此の信念は変るまい。しかも、それにも拘《かか》わらず、依然として此の生の歩みは辛い。私は私の歩み方の誤を認め、結果の前に惨めに厳粛に叩頭《こうとう》せねばならぬ。…………さもあらばあれ、Il faut cultiver son jardin. だ。憐れむべき人間共の智慧の最後の表現が之だ。私は再び私の・心進まぬ制作に立返る。「ウィア・オヴ・ハーミストン」を又取上げ、又もてあましているのだ。「セント・アイヴス」も遅々とし
前へ
次へ
全177ページ中118ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング