日
確かな報道は入らず。流言のみ頻《しき》りなり。ラウペパ軍はマノノヘ向け進発したと。
七月十三日
マターファがサヴァイイを追われ、マノノに戻った由、確報あり。
七月十七日
最近|投錨《とうびょう》したカトゥーバ号のビックフォード艦長を訪う。彼は、マターファ鎮圧の命を受け、明朝払暁、マノノヘ向けて出航すると。マターファの為、艦長の能《あた》う限りの好意を約束して貰う。
しかし、マターファはおめおめ[#「おめおめ」に傍点]と降伏するだろうか? 彼の一統は武装解除に甘んずるだろうか?
マノノヘ激励の書信をやるすべもない。
十三
独・英・米三国に対する敗残の一マターファでは、帰趨《きすう》は余りに明かであった。マノノ島へ急航したビックフォード艦長は三時間の期限付で降服を促した。マターファは投降し、同時に、追撃して来たラウペパ軍のためにマノノは焼かれ掠奪《りゃくだつ》された。マターファは称号|剥奪《はくだつ》の上、遥かヤルート島へ流謫《るたく》され、彼の部下の酋長《しゅうちょう》十三人もそれぞれ他の島々に追放された。叛乱者側の村々への科料六千六百|磅《ポンド》。ムリヌ
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