事不省。
 先刻の・肺を射たれた酋長は、一方の壁際で最後の天使を待つものの如く見えた。家族等が其の手足を支えていた。みな無言。突然、一人の女が、死に行く者の膝を抱いて慟哭《どうこく》した。慟哭の声は五秒も続いたろうか。再び、いたいたしい沈黙。
 二時過帰宅。街の噂を綜合すると、戦は、マターファに不利だったらしい。

七月九日
 漸《ようや》く戦の結果が明らかになった。
 昨日アピアから西に進撃を始めたラウペパ軍は、正午頃、マターファ軍とぶっつかった。但し、滑稽《こっけい》なことに、初めは戦争どころか、両軍の将士が相擁してカヴァを酌みかわし、盛んな交驩《こうかん》が行われたらしい。それが、突然の不注意な一発の偽砲から、忽《たちま》ち乱闘に変じ、本ものの戦争になった。夕刻になって、マターファ軍が退き、マリエ外郭の石壁に拠って昨夜一晩中防戦したが、今朝になって終《つい》に潰《つい》えた。マターファは村を焼いて、海路サヴァイイヘ逃れたという。
 長い間此の島の精神的な王者だったマターファの没落に対して、言うべき言葉を知らぬ。一年前だったら、彼は、ラウペパをも白人政府をも容易に一掃し得ただろうに
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