時に当てられた仮病院は、長いがらん[#「がらん」に傍点]とした建物で、中央に手術台があり、十人の負傷者がいずれも、附添人に囲まれ、部屋の隅々に横たわっていた。小柄な・眼鏡をかけた看護婦のラージュ嬢が、今日は大変頼もしく見えた。独艦の看護卒も来ていた。
医者は未だ来ていなかった。患者の一人が冷たくなりかかっていた。それは、実に立派なサモア人で、色飽く迄黒くアラビヤ人風の鷲型の風貌をしていた。七人の近親者が取囲んで、彼の手足をさすっていた。肺を射《う》ち貫《ぬ》かれたらしい。独艦の軍医が大急ぎで呼びに行かれた。
私には私の仕事があった。続いて運ばれて来るに違いない負傷者の収容の為に、公会堂を使わせて貰い度いと牧師のクラーク氏等が言うので、街中を走り廻って、(極く最近、私が公安委員会に加わるようになったので)人々を叩き起し、緊急委員会を開き、公会堂を提供することに決めた。(一人の反対者あり。遂に説得す。)この事に就いての費用の拠出も可決。
夜半、病院に戻る。医者は来ていた。二人の患者が死に瀕《ひん》している。一人は腹部をやられた者。顔をゆがめつつ、しかし沈黙せる・傷々《いたいた》しき人
前へ
次へ
全177ページ中111ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング